誰一人自分にかまうことなかった3年間。
洪水直後こそは自分の周りに体の傷を気にしてくれる人がいたような気もするがさっぱり記憶にない。
その傷が癒えた頃には人がよるどころか自分の顔を見るなりおびえたように逃げていくのはざらだった。
この顔の傷を思えばそれも仕方がないのだが、しかし眼帯などで傷を隠す方法はいくらでもある。でもそれを知ってあえてしなかったのは、近づいてほしくなかった。
触れれば傷つけてしまう自分。
唯一無二の親友を殺してしまった。
これは罪で。
懺悔の旅だから。
そんな耐え切れない後悔と罪の意識の中とった嵐の中身を投げるという自分の行為。後悔はないしあの時死んでしまえば随分楽だった。
しかしもう一度その行為を行おうとしないのは、恐らく心配顔を見せる香蘭が気になるから。
かつての許婚と同じ名前の娘。
『香蘭という名の娘に助けられた』
その事実が一番の原因なのだと芳准は思っているし、一番気になることでもあった。
程なくして、大きな梨の木が見えてきた。
案の定そこに小さな人影が見え安堵する。
しかし足並みは遅くなる。
うずくまり、泣いているように見えるその様にズキリを心が痛む。
「……………」
少しずつためらいながら近寄り声をかけようと手を伸ばす。
「……こうっ…?」
「……… ジ ュ ン の …ぶわかあああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!」
突然叫びだした声に驚きながらも立ち上がった香蘭からなんとか避けるが高鳴る心臓は押さえられない。
思わず数歩後ずさり胸を押さえる。
はぁはぁと肩を揺らしながらもう一度。
「ふぉうじゅんのおぉ!!!………ぶわかあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
きーんとなりそうな耳を押さえて、香蘭に恐る恐る声をかける。
「あっ……芳准?…………いつからいたの?」
「ついさっきなのだ。………す、すっきりした…のだ?」
先ほどのものすごい剣幕に言葉が思い浮かばず出た言葉は間の抜けたものだった。
「そんなことないわ!こうして叫んでも芳准が閉じこもっていたんじゃ一緒だもの!」
心が痛む。
「でもこうして芳准が来てくれたから、よかった」
にこりと笑う香蘭に改めて心配してくれていたのだと分る。
「香蘭………その、悪かったのだ…」
「え?」
「いつも声をかけてくれて、心配してくれているのは分っているのだが、どうしても…」
「・・・・・・・・・・・・芳准にもさ、いろいろあったんだろうし考えることがあると思うわ・・・・・・・・私の手伝いしてくれるのなら許してあげるわ!」
「・・・手伝い!?」
また怒鳴られるか悪ければ泣かれるかもしれないと思っていた芳准は思わず間抜けな声が出る。
「そうよ!川に水を汲みに行ったりするのも大変なのよ!川は近いけど女の子なんだから危ないじゃない。
それに山に薬草を探しに行くこともあるのよ、父さんだって忙しいし、周さんの持ってくるものだけじゃ足りないんだから!」
だからと付け加える。
「私の手伝いをしてくれるのなら、許してあげる」
つまりは、一緒に外へ出ようと。
「芳准だって、外に出たらいい気分転換になるでしょ!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
暖かい太陽のような微笑に維持をはるように頑なに部屋にこもっていた自分は何だったのだろうと思わず自問してしまう。
「いいでしょう」
「・・・わかったのだ」
家へと帰る道で2人は部屋での出来事がウソのように話をしている、というより香蘭がほぼ一方的にしゃべる。
「ちゃんと聞いているの?芳准っ」
「聞いているのだ」
今までの会話の内容こそはさほど変わらないがそれでも2人の表情には明らかな違いがあった。
「そんなに話して疲れないのだ?」
呆れたように声を上げる芳准に返ってくる言葉は、
「芳准が今まで話し相手になってくれなかったんだから話すことはいくらでもあるわ!!!」
と言われては言い返すことも出来ずにただただ香蘭の話を聞く。
でもそれは今までとは違う新鮮さを感じた。
少し前によぼよぼと歩く人影が見えた。
「あれって喘さんじゃない?」
体格からして女性らしいが、怪我でもしたのだろうかと駆け寄る。
「香蘭ちゃん、よかった・・・・・・」
そこにいたのは今にも産まれそうな大きなお腹をした若い女の人。
「今から、王先生のところへ、行こうと思ってたの・・・」
一言ずつ苦しそうに話す姿にどう対応していいのか分らない芳准は成り行きを見ることしか出来ない。
「もしかして、陣痛が始まったの?どんな感じ?破水した?」
左側から支える香蘭を見て慌てて芳准は反対側を支える。
「少し前に突然破水して、周りに誰もいなくて・・・王先生の所へと・・・」
「芳准、今から父さんの所へいってこのこと伝えてきて!」
他の事はともかく、出産の知識など芳准は持ち合わせていない。
1人で香蘭が喘を支えるのは大変だが何かあったき芳准では対応しきれないので当然の判断だ。
しかし体を離そうとするが、どうも芳准にほとんど体を預けているらしく身動きが取れない。
「喘さん・・・」
返ってくるのはときよりもらすうめき声と苦痛の表情。
「仕方ないわ、私が父さんに伝えてくるわ」
「だっ!?」
言うなり香蘭は走り出す。残された芳准は香蘭と喘を交互に見ながら立ち尽くす。
しばし考えるがここは香蘭の家へと歩き出すしかないことに気づき歩き出す。
「だ、大丈夫なのだ・・・?」
ケガならば手当てをしたり薬を飲めばいい。
しかしこれは体にとって自然なことで本人が耐えるしかない。
辛そうな表情を見るたび何も出来ない自分が情けなくなる。
「・・・えぇ・・・・・・・大丈夫です・・・」
返ってきた言葉は逆に気遣われたのではないかと思うような言葉。
こうやって命は産まれてくるのだろうか。
支えにした自分の体に感じるのは言葉とは裏腹に随分と重い。
脂汗を滲ませ痛みに耐えるその表情。
男には決して耐えれるものではないという。
それほどまでの痛みに耐えているというのに、鬼のような形相というには見えない。それどころかどこか穏やかに感じるのは気のせいだろうか。
それでも心配するには十分な表情と声で、自然言葉少なくただ香蘭の家へと足を向けるしかできない。
うーん。どんな言い訳(後書き)していいのか分らない・・・
なので、次の3話でちゃんと書きます。
2007.07.14