8.傷跡 1話








 
8.傷跡





暖かすぎるんだここは。











「ねぇ。ちゃんと聞いてるの?」

 頬を膨らませ睨みつけるように自分見る香蘭。

「ああ」

「じゃあさっき私が何を言ったか知っているの?」

「………………」

「やっぱり聞いてなかったんじゃないのっ!!」

 言葉のやり取りこそあるものの気のない返事しかしない芳准にため息をつき、バッと勢いよく立ち上がる。

「外へ行きましょうよ!」

「……遠慮しておくのだ」

 逃がさないぞとばかりに腕を掴むが掴まれたほうは表情1つ変えずに断りの意を示す。

「…どうしてよ!こんなに天気がいいんだから部屋の中に閉じこもってちゃダメよ!」

「王さんに借りた書物を読みたいから…」

 そういい持っていた書物に視線を落とす。

「……外で読んでもいいじゃない!ずっと部屋の中にいたんじゃ治る怪我も治らないわ」

「………………」

「歩けるようになったんだから、行きましょうよ……」

 怒鳴りつけるような声もだんだんと小さくなっていき今にも消えそうになる。

「ねぇ、芳准…?」

「……し」

「え?」

「少し、1人にしてくれないか…」

 穏やかだが人を寄せ付けない芳准の態度に何かを言いたそうにその場に留まるが居たたまれずに戸へ手を伸ばす。

「芳准のばかー!! 知らないんだからっ!!」











 戸が乱暴に閉められバタバタと少女の足跡だけが静まる室内で大きく聞こえる。

 目を涙で潤ませながら叫んだ少女の顔が頭に残る。



 ・・・分ってるんだ。

 ・・・香蘭のいうように、このままではいけないことは。

 ・・・だけど、この俺に何ができる?



 香蘭の父、健民に借りた書物、ずっと目を落としているが文字を追うばかりで内容は少しも頭に入っていない。



 ・・・何ができるっていうんだ。



 思い浮かぶのは、3年前の大洪水。

 朦朧とする意識の中、濁流に流される親友の姿。

 恐怖なのか、怒りなのか、恨みなのかそれとも悲しみなのか今まで感じたことのない感情が全身を駆け巡る。

 気がつけば自分だけの異空間。

 それが七星の、自分だけに与えられた力と知ったと同時に思ったのは後悔と自分への恨み。



 助けれたはずなんだ、この力さえあれば。

 朱雀神から与えれらたこの力は巫女を、国を守るための力。

 そんな力が自分にあるのなら、自分自身は守れたのだから。

 目の前の親友だって守れたはずなんだ。



 なぜ・・・

 どうして・・・



 そんな言葉ばかりが頭に浮かぶ。

 問いかけの相手は親友、恋人、そして自分自身。

 答えが出せぬまま流されるまま流れて3年。



 『朱雀七星士の井宿なんだから』



 使命感よりも重圧。



 今日のように香蘭に外へと誘われたのは1度や2度ではない。

 自分を心配してくれて。涙ぐむ香蘭を思い浮かべると心は痛いが、それでもここは暖かすぎる。

 何もかも忘れてしまいそうで。

 穏やかに流れる聖川のように、すべて流れてしまいそうで。

 忘れさえすれば楽だが、忘れることなど出来るわけがない。

 これは俺の罪だから。










「香蘭に、悪いことをしたのだ・・・」

 自分を心配してくれているのは痛いほどよく分っている。

 しかし太陽のような娘に自分の暗闇をすべて染めてしまいそうで、少し、イラついていたのかもしれない・・・

 後悔の念にかられ始めた頃、トントンとやさしくノックする音が聞こえた。

「王さん・・・」

「どうですか、芳准。ケガの具合は?」

「おかげさまで随分よくなりました」

 ここのところ看護をしてくていた香蘭の手を借りなくても日常生活は十分にできるようになった。

「そうですか。ここのところ香蘭にまかせっきりにしてしまいましたからな・・・」

 顔を綻ばせ喜ぶ健民にズキリと心が痛む。

 思わず目を逸らしてしまった芳准に健民は話しかける。

「今は、考えるときなんですよ」

 まるで自分の心を読み取ったような言葉にうつむいていた顔を上げる。

「考えることは大切ですからな。ゆっくりと考え、時が来れば歩けばいい」

「しかし・・・」

「大丈夫、あなたには強い力がありますよ」

「・・・それは、俺が朱雀っ・・・」

 七星士の井宿だから・・・と言いかけて途中でやめる。

 それを言ってしまえば、芳准である自分は何もできないような気がして。

 自分は”井宿”なんて知らない。

 知ったのは3年前。

 力を使ったのも3年前。

 ただそれだけ。

 今の自分はただの”李芳准”だから。

「芳准。ゆっくりと考えて、自分の道を見つけてください」





 目の前の青年、芳准から過去を聞いたことはない。

 聞いたのは香蘭からだ。

 それは彼が傷つくには十分な内容で、彼の纏う袈裟の衣からも分る。

 一度彼がちらりともらした出身地、それはこの聖川にも被害をもたらした3年前の大洪水で最も被害の大きかった地域の名前だった。

 生存者は数名だという。

 そのわずか数名の中の1人、つまり天涯孤独なのだろう。

 彼を近くで助けるものはいなかったのかもしれない。それでも3年間生きてきた。

 今も再び自害することなく生きている。

 それが力でなくてなんというのだろう。

 だから大丈夫だ。

 「井宿」という肩書きなどなくとも、彼は大丈夫だと確信している。

「・・・・・・・・はい」

 小さく聞こえるかどうかという声だが確実に返事はするのだから。

「ところで芳准。もうすぐ遜さんのところのおばあちゃんが来るんで香蘭にも少し手伝ってほしいんですけど、どこに行ったか知りませんか?」

「いや・・・・・」

 聞いて芳准もそろそろ患者がやってくる時間だと気づく。

 あえてこの状況でにこにこと目の前で笑いながらこの質問をする健民にどこか居心地悪いものを感じる。

 言わずとも「見てきてくれないか」と言われているのが分る。

 断る術など持たない芳准は当然のように持っていた書物を置き立ち上がる。

「そのあたり、見てきます」










 いつ患者が来てもおかしくないのだから、自分が香蘭を探しに行くのが筋だと思うものの、健民にやられた気がする。

「はぁ」

 動けないわけではないのだから世話になっている健民のためにもここは行くべきだと自分に言い聞かせながら香蘭を求めて道を歩く。

 それにしても会ってなんといえばいいのだろうか・・・

 謝るというのも違う気がするし、かと言って部屋にいたときと同じような態度をとっていたのでは何も変わらない。

 健民に言われた言葉を思い出す。

 今は考えるとき、考えて答えが出なかったときは行動してみるのも1つの手である。

 それがよい方向へ向かうか悪い方向へ向かうかは分らないが何かしないことには始まらない。

「とりあえず、香蘭を探すのだ」

 今まで芳准が知っている外の世界は、ケガのリハビリのために家のすぐ近くを歩いたか、香蘭に手をとられ半ば無理やり連れて行かれた大きな梨の木のある場所。

 こうなると、芳准の行く場所は限られている。

 梨の木のある場所へと足を向けようとすると自分に向かって声がかけられた。

「あんた、王さんとこで世話になっている人だろ?」

「え?・・・あ、はい」

 見たところ恰幅のよさそうな40過ぎの女の人。

「・・・えっと、確か名前は・・・・・・」

「・・・李芳准といいます・・・」

「あ!そうそう。芳准さんだ!!」

 手をポンと叩きうれしそうに言う。

 記憶を辿ってみるが、この人と関わったことはないはずだ。それとも覚えていないだけなのだろうか・・・

 本人にはその気はないが怪訝な顔で相手を見ていると、

「なーにそんな顔してんだい!この村はみんな家族みたいなもんだから、あんたのことだって当然知っているよ」

「あ・・・はい・・・」

 自分には「家族」だなんてそんな暖かいものは持ってはいないはずなのだが当然のようにそういわれて戸惑う。

「そんなことより、さっき取れたんだ。食べてみなよ」

 そう手渡されたのは桃。

「あ。ありがとうございます・・・」

「遠慮なんかしないで食べなって」

 信じれない気持ちで桃を見ていた芳准が遠慮していると思ったらしい女性は豪快に笑いながら促す。

 適当な場所へ腰掛けて桃をかぶりつく。

 おいしかった。

 温暖な気候な紅南国は桃の生産も盛んだ。そんな土地で生まれ育った芳准も当然今まで幾度となく桃を食べたが、今口にした桃はそれまでのどんな桃よりもおいしく感じた。

「おいしいだろう」

 疑問に思うよりも早く言葉をかけられた。

「人も木も同じなんだよ。愛情を込めて育てられればすばらしいものになれるんだ。だから晴ればかりじゃない、雨が降ったって生きていけるんだよ」

 一瞬何を言っているのか理解できなかったが、それが自分に向けられた言葉だと分ると少し受けいれられるような気がした。

「ええ」

 そして畔と名乗った女性はたわいもない話を芳准に向かって話す。

 思わぬ展開にどうしていいのか分らない芳准は「ええ」とか「そうですか」とか当たり障りのない言葉ばかり返していまう。

 他人を突き放してきた今までを考えれば随分と進歩したものだが、それでもやはり他人慣れしていない芳准の返答はぎこちないものばかり。

 しかし畔は気にした様子のないどころかずっと昔からの知り合いのように話しかける。

「あんたもさー ここにいる女たちはみーんな若い男が居なくて刺激のない生活してんだからさ、外に出ておいでよ!」

「え?」

「閉じこもってちゃ、なんにも出来ないんだしさ。ケガしてたって聞いたけど、もう大丈夫なんだろ?」

「ええ。香蘭がずっと支えてくれたので、大丈夫です」

 畔にのせられた感じで普通に返した芳准だがその言葉に畔はあ!と声をあげる。

「そういやあさ、さっき香蘭が走っていくのを見たけど何かあったのかい?なんだか少し様子がおかしかったような気がしたけど・・・」

 ハッと立ち上がり聞き返す。

「香蘭はどっちに行ったか分りますか? 王さんに香蘭を呼んできてほしいと頼まれているんです」

「ああ。そりゃあ呼び止めといて悪かったよ。香蘭はこの川岸のほうに行ったよ」

「そうですか。ありがとうございます、失礼します」

 ペコリと頭を下げて駆け出す芳准の後姿を畔は見送った。









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あとがき…もとい言い訳。

ありそうでなかった聖川郷での出来事。自殺→助けられる→七星士として生きる決意の間に絶対に何かあっただろうと推測!太一君の夢を抜きにしても。

荒んでいた芳准の心と七星の運命。そして心優しい聖川郷の人々。外伝小説にもちらっとこういうことを書いてたけど芳准的には何か変えるきっかけの1つになるのではないかと。

健民も芳准が起きてすぐの時「朱雀七星士」とか言ってたし香蘭にも教えていたことから、芳准から見ると自分の中の『井宿』を見ていると思っている所があるのではないかと。

それにしても、なによりも。

香蘭や健民、こんなんじゃないーーー!!!と思った人。ごめんなさい。資料が少なすぎで…(言い訳かよ…)

と、とりあえず長くなったので3つに分けました。

2007.07.01