とある日栄陽の繁華街で奇妙な事件が起こった。
目撃者によると酒場で酔った2人の客の仕業らしい。
そのようないざこざは繁華街ではよくあることなのだが、それが奇妙と言われるのはその場の被害状況だ。
怪獣でも現れ火でも噴いたのだろうかと思うような黒く焼け焦げた家々。
そして家が1件すっぽり入ってしまうのではないだろうかというほどの大穴が1つ。
どちらも人間技とは思えないがどの目撃者によれば2人の人間がやったという。
信じられない光景を目にして呆然と立ち尽くす野次馬たちの耳に入ったかどうかは不明だが犯人の2人はこう言ったのだった。
「飲みなおしにいくで!」
もうやめたほうがいいのでは…などと誰一人口にすることなく犯人の2人組みはその場から文字通り消え去った。
夢だったのではないかと頬をつねったりしてみるがやはり痛い。
あの2人組みは一体なんだったのだろう、そしてこの目の前に広がる惨劇は一体なんなのだろうか。
栄陽から数十キロ離れた山の中に翼宿と井宿はいた。
そう、栄陽での騒ぎはこの2人の仕業である。
「なんやここ?」
周りを見渡し行きたい場所ではないと確認した翼宿は眉を潜める。
「おい井宿、ここどこや?」
「………」
すぐそばにいるはずなのだが声が返ってこない。
「井宿!?」
「……起きているのだ…」
自分の足元から声が聞こえたのでその場所を見ると、真夜中で山の中で周りに人がいないとしても普段なら見ることの出来ない道端で転がる井宿をいた。
「そんなとこで寝たら風邪ひくで」
どこか的外れな言葉を出すあたり彼も先ほどの酒がまだ抜けていないのだろう。
「そんなことはどうでもえんやけど、ここどこや?」
「だ?…………翼宿がー奏運にある、居酒屋へ行きたいと。行ったはずなのだが…?」
「ここのどこが奏運やねん?」
言われきょろきょろと頼りなささげに周りを見渡す。
「どこなのら?」
がくりと肩を落とす。
「まぁ。今日は、もう遅いから寝るの…ら」
コトン。と再びその場に転がる井宿を慌てて制する。
「なにゆうてんのや、こんなところで寝たら行き倒れやと思われるやないか!」
「…………何かいけないことなのら?」
ごく自然に聞き返され翼宿は井宿の言動が少しおかしいことに気づく。
自分もまだ酒が抜けてない自覚はあるもののとりあえずは常識内の行動をしているつもりである。
「お前、まさか酔っぱらっとんのか?」
暗闇でよく分らないが井宿の顔がずいぶん赤い気がする。
確か、誘ってもあまり飲まない井宿が今日は酒に強いと自他共に認める翼宿と同じスピードで杯を空けていた。
翼宿自身も酒が回り気持ちよく飲んでいるうちに井宿にも結構すすめていた気がする。
そしてお酒を飲み始めてから今に至るまでを振り返るととある騒動を思い出し青ざめる。
「ち…ちちり………」
火事と喧嘩は江戸の華を地で行く翼宿はともかく井宿の行動はとても尋常ではないことに思い至る。
ぎこちなく井宿を振り返ると独り言のように井宿の懐で寝ているへ話しかけている。
………もしかして、やばいんちゃうやろうか…
あれから1時間はたっている。それだけあれば翼宿からしてみれば酔いを覚ますには十分だ。こんな冬の寒空ならなおさらだ。
しかし野生の勘か頭のどこかで「キケン」「チチリキケン!」と警告音が鳴っている。
「な、なあ井宿、とりあえず至t山に帰らんか!?」
「……帰るのだあ〜………わかったのら」
いつも不思議に思うが一体どこから出してくるのか、どこからともなく笠が出現した。そしてそれを空へ投げる。
ポトッ。
「……へっ??」
何の抵抗もなく重力に従うまま笠は地面へと落ちてきた。
当然目を開けたら見慣れた至t山の景色だと思っていた翼宿は思わず間抜けな声をあげた。
「だぁ?」
「「だぁ?」やないで!ちゃんとやらんかいっ!」
酔いに任せてからかい半分遊んでいるのだと思った翼宿は声を張り上げるがその後何度やっても同じことの繰り返し。
「……まさかと、術が使えんようになったとか、いわへんよな…」
「だぁ〜 そんなことは、ないのだぁ。多分」
多分ってなんや…と思いながらどこかのんびりと翼宿は思う。
………酒飲み過ぎたら七星の力使えんようになることがあるんやな…
至t山の頭として先代より任された鉄扇。この鉄扇から炎を出せる力は先代からずっと受け継がれてきたこと。
今は七星士の力として使っているが、それができなくなるということは至t山に封じられた妖怪の封印が解けるということ。
………飲みすぎはあかんな…
ぽりぽりと頭をかきながらがっくりと肩を落とす。
「なぁ井宿、ほんまに術使えんのかー」
見たところここはふもとからずいぶんと離れているようだ。栄陽又は奏運又は至t山にいたとしても周りにどんなに小さくても明かりは見えるはずだがどう見ても明かりはない。
こんな状態の井宿がどうやって術を使ってここまでこれたのかは不明だがこのまま術が使えないということはこの冬の寒空の下で野宿確実である。
いくら旅なれた2人といえどまるで装備ないまま野宿などすれば凍死はしないだろうが最悪井宿と寒さに身を震わせ体を寄せ合う、なんてことになりかねない。
冗談ではない。女という存在は異国から来た巫女のお陰もあって随分とマシになったがそれでも苦手である。がしかし、だからといって男とそういう趣味はない。
ちなみに本人否定するが、至t山の副頭を勤める攻児との仲は一部の山賊から怪しいのではないかとのウワサである。
「……やってみるのだ〜」
目を閉じ集中する。そして笠を空へと投げる。すると今まで何度も味わってきた感覚に襲われる。
術の成功と確信した翼宿はやればできるやないか!とそういいかけたとき開けた視界に飛び込んできたものに目を見張る。
「でえええぇぇぇぇぇ!!!!!」
2人がいた場所は先ほどいた場所のすぐ上空。もう1ついうなら恐らく井宿が投げた笠のあった場所。自分たちがいた場所には井宿の笠がある。
随分と高い。
2人は重力に従うがまま落ちていく。
どっかーんっ!!!
痛む体をさすりながら自分の背中に乗っているものを押しのけるとどさりとそのまま落ちた。
「井宿ッ!!! おんどれ瞬間移動は失敗するくせになんで俺の上に落ちてくるんや!!しかも3等身ッ!!!!」
「…………………翼宿、いつから4人に増えたのだ〜」
しばらくの間の後のんびりと井宿は口を開く。
「………???」
まさかとは思うが、
「これ何本や?」
眉を寄せ井宿の前に2本の指を出してみる。
「……だぁ?……………………………5本…?」
自分の指と井宿の顔を見比べため息をつく。
「…酔っ払いの体な上、ついに今ので脳みそがおかしいなってしもうたんか……しゃあないな、ちょっと待っとれ」
そういい翼宿は森の中に消えていった。
残された井宿はすることもなく近くにあった手頃な岩に腰をかけ翼宿を待った。
「一体どこに行ったのだぁ?」
さすがのたまも先ほどの衝撃で起きてしまったらしく井宿に返事するかのように首を傾ける。
にぎやかな人物もいなく静かな時間が流れる。
冬とはいえ他国に比べれば紅南国は温暖な気候で、酒で火照った体は夜風に程よく自然とまぶたが重くなってくる。
半分ほど目が閉じかけたとき少し先から松明の明かりのようなものが見えた。
「翼宿なのだー?」
近づいてくる明かりに問いかけてみるものの返事は返ってこない。
「翼宿?」
「おぉ?こんなとこに人がおるで」
翼宿の代わりにやってきたのはお世辞にもあまり品のいいとはいえない3人組。
「誰なのだー?」
「俺ら香邑山の山賊を知らんのか?」
「……かおーさん??誰のことなのだ?」
「しらばっくれるなや!ここを通るんやったら通行料置いていかんかい!!」
「つーても、なんや貧乏そうなやっちゃなぁ」
「こいつ坊主や!首にかけとるでかい数珠と錫丈売ったらええ金になるんちゃうか?」
じろじろと居心地悪い視線に怯むことなく、というよりも気にもせず山賊たちをじっと見る。
「この数珠はだめなのだー 太一君から頂いた大切なものなのだぁ」
「ほぉ、値の張るもんらしいで」
「坊主、さぁ置いていってもらおうか」
井宿に近寄り無理やり奪い取ろうと手を伸ばしたがその手は空を切る。
「おい坊主、決まりは守ってもらわんと困るで」
「だからと言って人から物を奪ってはいけないのだー」
「なんやと、坊主。下手にでとったらええ気になりおって…痛い目みなわからんようやな」
落ち着いた相手の言動に短気な山賊たちは手に持っていた棒で井宿に殴りにかかる。
そこは七星士の並外れた運動神経を持つ井宿。狭い場所にも関わらず次々と避けていく。
しかし慣れない酒をたらふく含んだその足取りはよたよたとまるで見方を変えれば遊ばれているようにも見えて山賊たちの怒りを更に買っていく。
「こんの坊主がっ!!」
しかも相手は3人にこちらは1人。
例え1人旅の長くこんな場面も1度や2度ではない井宿でもだんだんと追いやられていく。
その様子をおろおろと見ていたたまは翼宿を呼びにその場から離れる。
………だー なんだかぼーっとするのだ…
うまく避けているようには見えても実は酒は先ほどからさほど抜けておらず意識を保っているので精一杯の状況だ。
ついには逃げ場のない隅にまで追いやられてしまう。
「さぁ観念しいや」
「大人しゅう渡さんけんこういうことになるんや!」
自分めがけて振り下ろされる棒を錫丈で受け止める。
………どうするのだ…
井宿の酔いをさまし厄介なことになる前に至t山に帰ろうと思い水場を探しにその場を離れた翼宿の耳に聞こえてきたのはどっかーん!!!というものすごい騒音。
「なんや!?」
その方向は井宿とたまのいる方角。
何かあったのかと走り出す。
少し走ると前方から白い物体がこちらに向かってくる。よくみると井宿と一緒にいたたまだ。
「なんかあったんか?」
利口なたまはにゃんにゃんと身振り手振りで状況を説明するがとても翼宿な頭では理解できるものではない。
「わからんわっ!!!」
とにかくその場へ向かってみれば分ることだ。
得意の俊足をフルに生かせば目標の場所までそれほどかからなかった。
僅かに息を切らした翼宿が目にしたものは岩のすぐ近くにいる井宿と見覚えのないガラの悪そうな3人。
そして井宿の前方、もう1つ言えば3人組のすぐ後ろ隣にある洞窟ともいえるような大穴。
こんな大穴あっただろうか…という疑問はなかったのは穴からもくもくと煙が立っており大穴がついさっき開いたものだと分るからだ。
そしてそれを証拠づけるかのように井宿の手には数珠が握られている。
「……お前らここでなにしとんねん!」
呆然と立ち尽くす山賊たちは突然の来訪者にも気がつかなかったのか翼宿の声にオーバーなほど反応する。
「いや…あの………」
情けなくしどろもどろになりながらやっとの思いで搾り出した声も意味を成さない。
それはそうであろう、今まで争いごとの10や20とは言わずあっただろう山賊たちもこのような出来事は初めてだろう。
どっからどうみても無害そうな僧侶が数珠を手にして何事かをつぶやいたかと思うと同時に自分たちの後ろ隣にあった岩が砕け散ったのだから。
翼宿とて初めて鉄扇の力を目にしたときは随分と驚いたのだし、よっぽどのことがない限り力を出さない井宿の本気の力は初めて見た鉄扇の威力の比ではないのだから。
「なんや〜お前らどっかで見たことあるような気ぃするわ…」
覗き込むように自分たちを見る翼宿に山賊の1人がわなわなと翼宿を指差す。
「お前、もしかして……れ、至t山の頭の幻狼かぁ〜」
「そ、そうや!こんな目つきの悪いやつそうそうおらへん!」
「あーー!!お前ら、香邑山のヤツらやないか……なんでこんなとこおんねん!」
青い顔をしてぷるぷると震えていた山賊たちだが突然我さきにとこの場から逃げ出すように立ち去った。
「なんやったんやあいつら?」
疑問を浮かべながらもそれ以上の追求はしようとしないのが翼宿。頭の切り替えは早い。
「井宿、何があったんや?」
思い出したように振り返るとこんな状況であるにも関わらず岩の隅で気持ちよさそうに眠っていたのだった。
「呑気なやっちゃなぁ〜」
頭をぽりぽりとかきながらつぶやく声は井宿には届かない。もし届いたのならば「翼宿には言われたくない」と返してくるだろうが状況が状況なだけに説得力はまるでない。
気持ちよさそうに眠る井宿を見て今の状況を思い出す。
ここはどこだろう。なぜ香邑山の山賊たちがここにいたのだろうか。ここは香邑山なのだろうか。そしてなにより、
「今からどないしようか…」
状況はどうやら最悪の自体へと進んでいるようで。
ここに誰かが通らない限りここがどこだか分らない。ここで野宿をするという手もあるが暖かい紅南国とはいえ冬の外はかなり寒い。
「しゃーないなぁ」
よいしょと井宿を抱えて歩き出そうとしたとき何人もの足音と松明の炎が見えた。
山賊たちが仲間を引き連れ戻ってきたのだろうかと身構えようとしたとき、
「あれ?幻狼やないかー」
現れたのはよく知った親友の攻児と仲間たち。
「攻児、お前こそなんでこんなとこにおんねん?」
「最近法外な金額で商売しよるやつがおるっつーウワサがあったけん俺ら見回りしとったんや」
その途中井宿の破壊音が聞こえてここへやってきたのだろう。
「つーことは至t山か!?」
「なにゆうとんねん、もうボケがはいったんか?」
「なんや、井宿の術成功しとったんか…」
当初の目的は至t山ではなかったにしろあのときの術がここでよかった。
「あれ?井宿はんどないしはったんや? まぁとりあえず話は戻ってからや」
あのコラムはお気に入りですねvv 酔っ払った井宿の行動に振り回される翼宿を書きたかったけど、やはり思ったものと何かが違うです。
でも書きたかったのはこんな感じです。
なんだか翼宿が翼宿でないような…うーん
2007.01.15