きのぼり        






きのぼり










 遠い遠い昔の小さな思い出。

 幼いころから幼馴染である飛皋と香蘭とよく遊んでいた。特に飛皋とは男同士というのもあって何をするにも一緒だった。

 少し控えめだがとても優しい香蘭、やんちゃでいたずら好きな飛皋。芳准そんな2人といる時間が大好きだった。







 ある日芳准は飛皋に誘われ、村でご神木とも呼ばれている樹齢100年以上の木にやってきた。

 幼い2人にはとても大きくて、見上げてもてっぺんがどれだけ高いところにあるのか検討もつかない。

 ”登ろう!”と言い出したのは恐らく飛皋で、後で怒られると言う芳准を半ば強引に誘った。

 登り始めると最初こそ渋っていたのだが、登ったことのない大きくて太い木に楽しかったのを覚えている。

 どれくらい登ったか、とはいってもまだ10にも満たない子供なのだからそれほどまでに高くはないのかもしれないが、その高さに達成感を感じた。



 手ごろな枝の上に座り芳准は飛皋に聞いた。

「香蘭も連れてきたらよかったかな?」

「ダメダメ。女はどうせ止めるに決まってる!だから誘わなかったんだ」

「え!そうなの?」

「男は男同士。ほら、香蘭だってお前の妹とよく遊んでるだろ」

「うん、そうだね。でもみんな一緒に遊べたら楽しいのにな」

「お前にはロマンってものがないよな…」

「そうかなぁ〜?」

 首を傾げる芳准に飛皋はため息をつく。

「あ!飛皋とじゃないと木登り出来ないもんね」

 にっこりとそう言われて返す言葉を失う。

「でもね、オレこういう所好きだな」

「お前、登るの嫌がってたじゃねぇか」

「だって……ご神木だし。ダメって言われてるから…」

「お前は真面目過ぎなんだよっ!」

「そんなことないよ。でもさ、でもさ。なんだか下から見るより木の中ってきれいだし、風も気持ちいいもん」

 芳准は目を輝かせながら宙に手をかざす。

「………お前って、変わってるよな……」

「そんなことないよ?」

「お前くらいだぜ、そんなこと言うやつは」

「そうなんだー」

 のんびりと間延びした言い方にやっぱり変わったやつだなと改めて思う。




 何を話だろうか。多分いつもと同じようにたわいもない話をしていたのだろう。

 どれくらいたったか、そろそろ下りようかと思い始めたころ、ポツンと小さな音と冷たいものが上から落ちてきた。

「あれ?」

「どうしたんだ?」

「?…雨降ってるのかな?」

 葉の隙間から見える空は、雲に覆われているどころかまぶしいくらいの太陽が顔をのぞかせている。

「気のせいだろ?」

「そうだね」

 そう思ったが、また1粒。

「…?」

 そして、1粒2粒…

「あれ?あれれ??」

「やっぱり雨か!?」

 しかしやはり青空と太陽が見える。

「お天気雨ならすぐに止むから上がってから降りたらいいんじゃねぇか?」

「そうだ…っ あーッ!!」

「なんだよ、いきなり大声出すなよ!」

「あれっ!」

 芳准の指差す先は今いる場所より少し西の空。そしてその空はどんよりと黒い大きな雲で覆われている。どうみても雨雲だ。

 どうやら葉にさえぎられてすぐ近くにまで来ていることに気がつかなかったらしい。

「……もしかして、今から雨が降るのか?」

「きっとそうだよ、お父さんが言ってたんだ。雲はあっちの方向から向こうへ流れていくんだって。だからあっちに雨雲があるときは雨が降るんだって」

「雨が止む前に下りたほうがいい、かもな」

「降りなきゃダメだよッ!!」

「なんっ」

「木が濡れたら滑るじゃないか!この高さから落ちたら大怪我しゃうよ!」

「おっおう…」

 普段声を張り上げることのない芳准に気押されたように慌てて飛皋降りる準備をする。

 そうこうしている間に雨はだんだんと強くなってきている。

「飛皋、気をつけてね」

 急いで降りようとしている飛皋に芳准は声をかける。

「大丈夫だって、これくらいへーきへーきッ!!」

 そういいながらもいつもより慎重に降りているようで顔から笑みは消えている。

 芳准が少しむきだしている場所に足をかけようとしたとき、

 つるっ

 そして大きく芳准の体が傾いた。

「うわっ!」

「芳准ッ!!」

 声を聞き、真横にいた飛皋が芳准に手をつかむ。が、子供の力で支えれるわけもなく重力のまま落下する。




 そのときのことはあまり覚えていない。ただ怖かったことだけはしっかりと覚えている。




 一瞬の出来事であろうはずなのだが、芳准には1時間にも2時間にも感じた。

 ただただすがるかのように飛皋の手を握り締め目をぎゅっと閉じてこれからくるであろう衝撃を待つしかなかった。

 このまま死ぬのかな…

 もうお父さんやお母さんや妹には会えないのかな…

 そう思うと1人じゃないということに少しでも自分に言い聞かせるように飛皋の手を持つ手に力が入る。

 しかし、どれだけ待とうと地面に叩きつけられる衝撃はなかった。

 不思議に思い恐る恐る目を開けてみると、地面から僅か30cmほどのところところで浮いていた。まるで見えないクッションでもあるかのように。

 …あれ?と思うと同時に見えないクッションが無くなりドスンと地面に落ちた。

「いたたたた……」

 打ったお尻をさすりながら周りを見渡すと、そこはご神木の根元だった。

「あれ?」

 見上げると少し前までいた枝がある。

 その高さを改めて見て木から落ちたことを再確認する。

「芳准ン〜」

 飛皋の姿を確認すると緊張の糸が切れたのか涙がこぼれ落ちてくる。

「ひっひこうぅ〜」

 飛皋も芳准と同じで涙を浮かべている。

「「う。うわぁぁぁん」」

 その場で2人して泣き出してしまった。







「ごめんなさいぃ〜」

 泣きながら泥まみれで帰ってきた芳准は母親に問い詰められこっぴどく怒られた。

 二度としないことを約束し、母親も涙を流しながら抱きしめられた。

「本当によかった、無事で…」

 震える母親に戸惑いながらも、もう一度ごめんなさいと言った。






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残暑見舞いへとにのすけさまに差し上げたものです。

小さい頃の芳准と飛皋ってどんなのかわからないので私設定で。

一応年は7.8歳頃ということで。