仮面の奥    







 1人は開けられたドアを見て顔を引きつらせて固まる。

 もう1人は開けたドアの向こうの人物を見て唖然と立ち尽くす。

 お互い何も言えずしばしの沈黙の間。

「………………」

「………………だっ」

 先に言葉を出したのは、かわいらしい3頭身の人物。

 その言葉にもう片方、紅南国皇帝の側近であり右大臣の地位をもつ彼は今の状況を再認識する。

「こ………こ、こここ皇帝陛下あぁぁぁぁっ!!!!!」








 

仮面の奥








 時を遡ること数刻前。

 現在朱雀の巫女は柳宿、井宿と共に5人目の七星士を探す旅に出ている。と、公表されている。

 しかし実際は、

「だぁ〜 陛下の仕事というのは大変なのだ〜」

 部屋を出た家臣が置いていった執務机を埋め尽くす書類の束を前に肩を落としたのは井宿であった。

 10日前、七星士探しの旅に出るときに見た皇帝としての国の安泰を願い紅南国の発展のため政治をする星宿と七星士そして1人の人間として美朱を守りたいと思う星宿。

 2つの辛そうな顔を見てしまった井宿はいたたまれなく、1度は旅に出たものの引き返し身代わりを申し出てしまった。

 国はしばらく平和とはいえ、日常の仕事は次から次へと舞い込んでくる。

 星宿にいろいろと教えてもらっているし、昔は官吏を目指して勉強はしていたもののやはり実際の仕事は分からない事が多い。

 そんな時は星宿に渡した鏡を通して連絡をとっているがお互いが常に使えるわけでもなく、

 星宿に比べ仕事をこなす速度がかなり遅くなったと家臣たちが疑問に思い始めたのは星宿が旅に出て僅か数日のことだった。

 「最近の陛下は少しおかしい」という視線に気づいた井宿は星宿らしく!と振舞うのだが

 何分知り合って間もないで星宿という人物が掴めきれていなく疑いの視線は日に日に増していったのであった。

 そんな日々を過ごし慣れない生活と精神的にも少し疲れていた頃だった。

 机に並べられた大量の書類を目の前に少し休憩とイスに普段のように3頭身でぐでんともたれかけたとき「失礼します」とドアが開かれたところを見られたのだ。






「だーっ!」

 右大臣の大きな声に、慌てて口をふさぎながらドアを閉める。

 井宿も動揺していたのだろう、口をふさぐときとっさに発した言葉が普段の言葉づかいだった。当然星宿はこんな言葉は使わない。

 そのことに気づいた井宿は観念したかのようにため息をつき、変身をとく。

「ちっ……井宿さま…!?」

 何故、どうしてここに…と目を白黒させている右大臣を見て井宿はどこまで話すべきか考える。

 井宿と星宿が摩り替わっていることはここだけの話ではなく国自体の問題にも繋がることだ。

「井宿様、いつ七星士探しの旅からお戻りになられたのですか?そして陛下はどこへいかれたのですか?」

「………だ……」

 見えないところでだらだらと冷や汗が流れ落ちる。

「井宿様?」

 冷や汗は見えないところで流れているのだが動揺しているのは井宿の表情で一目瞭然である。

「……どう、されたのです?」

 旅の状況を星宿に知らせるために訪れたのならばこんなにも挙動不審になる必要はないはずである。

 井宿の七星士の能力は、術。というのを星宿に聞いたことがある。

 術者…というのは普通の人ができない不思議な力であって、なんでもありという認識さえある。

 右大臣は星宿が朱雀の巫女に恋心を抱いているのは知っている。

 当然、星宿の心中も分かっている。

「ま…まさか、井宿様…陛下は………」

 井宿の肩が大きく揺れる。

「朱雀の巫女様と旅に出られたのですか?」

「……………」

「井宿様っ!」

 今度こそ正真正銘の諦めのため息をつく。ここまで言われては嘘をつきとおすのは難しい。

 宮殿で星宿として生活するにあたって理解者がいると井宿としても楽である。

 ここ数日で分かったことだがばれた相手も悪くはない。星宿のことを親身になって考えてくれる人物だ。







 あの場で話合うのは外に言葉が漏れた場合のことを考えて井宿の術で人気のない場所へと移動した。

 初めて体験する術に自身に起こったことが信じられないのか仕事中に見る顔とはまったく別の顔を見せる。

 自分の体をペタペタと触ったりあたりをきょろきょろと見渡す様はまるで子供のようだった。

 しかしそんな彼も思い出したかのように突然仕事中に見せる、否それよりも深刻な顔をした。

「井宿様、一体どういうことか説明してもらえますかな」

 ズイっと怖い顔で迫られ一瞬井宿もたじろぐ。

「井宿様!」

 更にぐいっと迫れれる。

「実は…」

 井宿は右大臣に自分が今ここにいる訳。そして本来いるはずである皇帝星宿が今どこにいるか順に説明していく。

「井宿様…」

 神妙な顔で井宿の説明を聞いていた右大臣が口を開いたのは井宿の説明が終わってからだ。

「これが一体どういうことかお分かりですか!」

 怒号にも近い声色で井宿に迫りくる。

 もちろん井宿にも自分のしていることがどういうことか分かっている。

「これは宮殿だけの問題ではなく紅南国ひいては周辺諸国にも関わる問題ですぞ!」

 皇帝と話合ってといっても皇帝以外が政治をするなど大問題だ。

「もしも重大なミスを起こしたらどうするおつもりなのですか?事によったら国問題にもなりかねないのですぞ!」

 皇帝という立場上、いろいろな仕事がある。本当に小さなことから国を左右する大きなことまでも。

「いくら七星士である井宿様といえど、私以外他のものに知られたらどうされるおつもりだったのですか?人によったら民への信用にもかかわりますぞ!」

 紅南国皇帝は温厚でよい皇帝だと民の間でも有名だ。それが1人で替え玉を使い別のことをしていると知ったら民はどう思うだろう。

 それに大勢の人間がいる。宮廷の中にはこれを機とばかりに良からぬことをたくらむ者も1人や2人いるだろう。

「それは…」

 考えてはいないわけではなかったものの政務にこなすのに精一杯でほかの事に気を回す余裕がなかったのも事実である。

 年に比べれば大人びている井宿だが、60近い右大臣から若造も同然だ。

「星宿様と一緒になってやっとはいえ、確かに勝手に入れ替わったことは大変申し訳ないと思います…しかし、星宿様の辛そうな顔を見て、思わずっ!」

「井宿様はお優しい方だ。そして度胸の据わった方だ。これだけ言っても言い返してくるとは…」

「……だ?」

 突然変わった右大臣にポカンとする。

「いろいろと失礼をいたしました」

「いや、言われて当然のことですのだ」

「そして、ありがとうございます」

「……だっ!!」

 丁寧に頭をさげお礼を言われ戸惑う。怒られて当然な、怒られるですんでいる時点でおかしいくらいのことをしたのだから。

「いや……。頭を上げてください」

 言われ右大臣は頭を上げる。

「私は陛下が本当に幼いころから知っています。今まで普通の人が味あわないような苦労をたくさんしてきておいでです。そして今の陛下の心情も知っております」

 その言葉で井宿はハッとする。

「立場上、私は陛下がどのように辛くても冷静に民のために政務をこなされるよう導かねばなりませぬ。

以前お忍びで巫女様方と太一君の所へ赴かれたときも本当は引き止めなければなりませんでした」

「………」

「今回のことも井宿様には右大臣としてではなく私個人、遥承渓としてお礼を申し上げます」

 改めて、この人が星宿を大切に思っているのが分かる。おそらく右大臣だけでなくこんな風にたくさんの人に支えられて星宿はここまできたのだ。

 場違いだと思いながらも、1人旅をしていた井宿は少し星宿がうらやましく思う。

「しかし!井宿様っ!!陛下の身代わりをするのとはまた別問題ですぞ!」

 うっすらと涙を浮かべ自分へ頭を下げていた姿はどこへやら、突然仕事時の右大臣へと戻る。

「……は、はい」

 押されながら生返事をする。

「ではまず、井宿様!仕事に関しては我々でやれるところまではなんとかしますが、陛下がお戻りになられるまで身代わりをされるのですから振る舞いから覚えていただきましょうかっ!!」

「だっ……だだだっ」

 早速とばかりに腕をつかまれ宮殿へと連れて行かれる。

「だ……こ、このままで戻るわけには、いかないのだぁ〜」

「おぉ、そうでした」

 井宿は星宿へと変身をする。やはり不思議なのだろう右大臣はしばらくじっと見ていた。

「さぁ、星宿様の部屋に術で戻るのだ」

 にっこりと井宿らしい笑顔の井宿を見て右大臣はにやりと笑う。

 それが何かその時は分からなかったがすぐに分かることになる。

「井宿様」

「はい?」

「覚悟なさってくださいね」

「………はぁ」

 6年間自由気ままとまではいかないまでもそれなりの旅をしていた井宿。

 突然かしこまった場所でそれらしい振る舞いを出来るものだろうか。最初に覚悟していたとはいえ、そういう目で見られると自信がなくなってくる。

 井宿はそれまでとは違う重いため息を吐くのだった。








メニュー





拍手、ありがとうございますvv

なんだか最初に思い描いた話とは違うけど星宿がいない間の井宿のお留守番の話です。

ずっとどこかで書いてくれないかなと他力本願で思っていた話がやっとできました。

でもやっぱり、思っていた話と違うのが悲しいですが…やっぱり難しいです。

それはともかく、読んでくださってありがとうございました!!(ぺこり)


2006.07.31