ギャアアアアァァァァァァッ!!!
「うわあああぁぁぁぁぁぁあああ・・・・・姉ちゃん〜〜」
「洪軌ッ!!頑張って走るのよッ!!」
年頃に差し掛かったであろう少女が幼い弟の手を引いて脇目もふらずただただ前へと一心不乱に走る。
後ろからはここ最近見かけるようになった不気味な妖魔が2人めがけて襲い掛かろうとしている。
斬りつけようと鋭くとがった爪を弟に伸ばす。
ズシャッ!
「うわあああぁぁぁぁ!!!!」
鈍い音と血の臭いがあたりに充満する。
「洪軌っ!!!」
慌てて振り返り、ガクリと力を失った体を支える。
その間にも妖魔は斬り刻んでやろうと爪を振り上げる。
「くっ!」
これから来るだろう衝撃に目を瞑ろうとしたとき、自分の腰にあるものが目に入る。
それは父が残した遺品の1つ。
金属のこすれる音。
「・・・洪軌を、殺すだったら・・・私から殺しなさいっ!」
妖魔に振りかざしたのは刀。
しかし娘の力では当然妖魔に敵うわけはなくあっというまに弾かれる。
「・・あっ・・・・」
目の前で今まさに爪を振り下ろそうとする妖魔に、出来るのは弟を体で覆うだけ。
恐怖に目をぎゅっと閉じて今度こそ死を覚悟する。
もう駄目だ!と死を覚悟するも予想した衝撃はいつまで経っても起こらなかった。
意を決して目を開けるとそこにいたのは地に崩れ落ちた妖魔だった。
一体何が?と思うよりも早く、今自分がすべきことを思い出した。
一刻も早く弟を手当てすること。
ぐったりとした弟はいつもよりずっと重い。
それでも体にぐっと力を入れて背負う。
ポトリと血が落ちる。
もしかしたら、という不安を振り切るかのように前へ前へと足を出す。
穏やかとはいえない下り坂は少女の体から体力を奪う。
更に追い討ちを駆けるかのようにぱらぱらと雨が落ちてきた。
背中からは荒い息遣いと異常に暖かい体。
「早く、しないと・・・」
焦る気持ちとは裏腹に雨は強くなる。
荒くなる少女の呼吸。
いつしか雨はざーざーと音を立てている。
「きゃっ!」
ぬかるみに足を取られしりもちをつく。
しっかりと抱きかかえていた弟はなんとか落とさなかった。
立ち上がり弟を抱えなおす。
はぁはぁと荒い呼吸に冷たい雨。
「どうしよう・・・」
このままふもとの村までたどり着けるだろうか・・・
「絶対に行けるっ!」
自身に言い聞かせるように頭を振る。
「大丈夫、大丈夫」
ぎゅっと弟を抱きしめる。
ガサッ
ハッと振り返ると黒い影が見えた。
まさか、また妖魔が!そう思い身構える。
どうする?逃げようにも足場が悪いうえ弟を背負ったこの状態ではすぐに追いつかれてしまう。
「どうしたのだ?」
「・・・人?」
こちらに近づいてきたのは僧侶の旅人。
「にゃー?」
芳准と名乗った僧侶によるとすぐ近くに洞窟があるのだという。
「止血をしなければいけないのだ。それにこの雨では体温が奪われてしまう」
そういって彼がそれまでいたという洞窟へと案内された。
「それにしても驚いたのだ。外で妖魔と人の気配がすると思ったら、大怪我をしていたのだ」
洪軌の濡れた服を脱がせ僧侶の袈裟をかけ、僧侶はのんびりと言った。
「あ、ありがとうございます・・・」
「しかし、応急処置はしたのだがやはり後で医者に見せたほうがいいのだ。」
それができれば問題ないのだ。
外から聞こえる雨音は小さくなった思えない。
治療に関しては素人だが、弟の血の気のうせた顔を見るとこのままここにいるわけにはいかない気がする。
「オイラは李芳准。流浪の旅人なのだ。君は?」
「・・・私は、遜、こっちは弟の洪軌」
「家は山のふもとにあるのだ?」
「そう、この道を下ったところにある、小さな村」
言ったっきり下を向き難しい顔で黙り込んでしまったにクスリと笑い頭を軽く撫でる。
「なっ・・・」
「心配なのは分るのだが、まずは君も体を温めなくてはだめなのだ」
思いもしない芳准の行動に思わず手を振り払おうとして手を止める。
「・・・・・・・・」
「洪軌君は大丈夫なのだ。今すぐどうにかなるのではない。このあたりは初めてだから術ではいけないし、君も体を温めて少し休むのだ」
そういい焚き火で暖めておいた湯を湯のみに入れて手渡す。
「ほら、こんなに冷たくなっているのだ」
「あ、ありがとう・・・・」
ぷいっと体の向きを変え芳准に背を向け湯を飲みほす。
ふぅ、と一息ついて立ち上がる。
「少しの間あっち向いてて」
「あ。すまなかったのだ」
は服に手をかける。そのしぐさで何をしようとしているのか分った芳准は言われたとおりに体の向きを変える。
ばさばさと服を脱ぐ音が聞こえたかと思うと、今度はザーと水が落ちる音がした。
濡れた服のままでいるわけにはいかず、かと言って着替えるものがない今出来ることは重く水分を含んだ服から水分を抜くことだけ。
僧侶とはいえ見知らぬ男のすぐそばでこういうことはしたくはないのだが、ここで自分が風邪でもひいたら弟を村まで連れて行けなくなる。背に腹は変えられない。
「あんたは?」
「オイラは大丈夫なのだ。そんなに濡れていなかったし、火の近くにいるからもう少ししたら乾くのだ」
「そう」
一応体は気遣う言葉ながらもその言い様はどこか冷たい。
バチバチ
ザーザー
静かな洞窟の中で薪が燃える音と雨音が反響する。
「どうしてこんな山にいたのだ?」
少し重い沈黙を振り払うかのように芳准は言葉を出す。
買い物などの用事ならこんな5歳になるかならないかの子供を連れて山中を歩くことはあまりないし、山菜を取るにもこんな奥に来る必要はない。
「・・・・お父ちゃんの、墓参りに行ってたから」
「そうなのだ」
「お父ちゃんは、2年前の戦争で死んだんだ・・・お母ちゃんも洪軌を産んですぐに、だから今は洪軌と私の2人だけ」
どうして会って間もない男にこんな話をしたのかは分らない。
いや。会って間もない、知らないから話せたのかもしれない。
同情なんてまっぴらだ。
尊敬していた父を亡くして残ったのはまだ3歳の弟。
弟が生まれたと同時に母が亡くなった時にはまだは10歳だった。
仕事柄家を空けることの多かった父、当然のように弟は自分が守らなければならないのだと思った。
家の事情を知っている村の人たちは親切にしてくれる。
でもその心の奥には「可哀想だから」という感情があるのはまだ敏感な年頃のには痛いほど伝わった。
可哀想なんかじゃないんだ。
弟を守るんだ。
父親も母親もいない幼い弟に寂しい私はさせない。
立派に2人で生きていくんだ。
父の残した家と小さな畑がある。そこで自分たちの食べる分くらいは作っていけた。
2年前の戦争といえば、紅南国と倶東国との戦い。
元々敵対していた国同士であったといえ、朱雀を呼び出すのに失敗し、神座宝を集めそこなければ起こらなかっただろう争い。
朱雀七星士として、生き残ったものとして、誰よりもその争いに関わったものの1人として、少女の辛そうなそして寂しそうな表情を見て胸が痛い。
何故あの時敵を見抜けなかったんだ。
そうすれば、朱雀召喚を失敗などしなかったのに。
何故あの時分かれて行動なんてしたんだ。
そうすれば、仲間を失うことなどなかったかもしれないのに。
戦争なんて無益な争いたくさんの命を失うことともなかったかもしれないのに。
こうして戦争の痛手を直接見ると、乗り越えたと思った過去の自責の念が襲う。
「その剣は・・・」
「お父ちゃんの。おかしいんだよ、こんなもの必要ないのに・・・・・でもこの剣でお父ちゃんは、私たちを助けてくれたんだ」
ずっと昔からあった先祖からの家。
百姓の家に何故こんな物騒なものがあったのかは分らない。
「倶東との戦争が始まる少し前に納屋の奥にあったのをお父ちゃんが見つけたんだ、そのときはこんなもの必要ないって笑ってたのに」
けれどそのたった1本の剣で命運が別れた。
倶東の兵士が村へやってきたとき、父がその剣で守ってくれた。自分と弟を逃がして。
兵士たちが去ったのか、静かになった村。
いつまでたっても自分たちを追ってこない父を探しに戻ると変わり果てた姿だった。
残ればよかった。
父と一緒に死ねばよかったんだ。
でも小さな弟を一緒に死なすわけにもいかない。まだなんにも知らない小さな弟。
「そうか、すまなかったのだ。辛いことを聞いて」
いつのまにか頬が濡れていることに気づき、慌てて涙をぬぐう。
「いいよ、過ぎたことだし」
気丈に振るまいそう言うが、声がゆれている。
過ぎたことなんかじゃない。
私は、弟にこんな姿を見せるわけにはいかないんだ。
言い聞かせるようにぎゅっと目を瞑っていると頭の上にポンと手がおかれた。
それはまるで小さな子供をなだめるように優しく優しく撫でてくれる。
驚き、慌てて再び手を振り払おうとしたが、どこかそれは心地よく昔父母にしてもらったのを思い出す。
いつからだろう、こんな気持ちを忘れたのは。
「あんたって、頭撫でるの好きなの?」
照れ隠しにかわいくない言葉を言ってみる。
「そうかもしれないのだ。たまには甘えるということも必要なのだ。特に君のような子は」
「わ、私は子供じゃないよ!!」
子供と言われ子供じゃないと言い返すのがまだ子供だというのに。
「でも、子供でいられるときは少なかったのではないのだ?」
百姓の家では小さな子供でも労働力として大人と同じように扱われることがある。
母親が亡くなる前、の家がどうだかは知らないが、
官吏の家に生まれた長男としてやるべきことはやっていたが、日が暮れるまで外で遊んでいた日も多かった自分の子供時代よりはずっと苦労していたのではないだろうか。
「そんなことないよ」
「オイラにとは言わないが、時には素直になるのも大切なのだ」
周りにはこの僧侶と弟と自分。
そして弟は出血によるため血の気のうせた顔をしているが少し荒かった呼吸も元に戻っていて傷さえ見えなければただ眠っているだけに見える。
「君のお父さんは洪軌君も、そして君も守りたかったのだ。張り詰めた気持ちはいつかバランスを崩してしまうのだ」
大洪水で一族、家族。そして恋人に親友を失ってから、何も出来ることなくただたださまよった。
何故、どうして。そんな言葉ばかり頭の中で問いかけた。
傷ついている自分を気遣ってくれた人もいたが、唯一無二の親友に裏切られた自分には他人を信用することなど出来ず、関わりにもなりたくなくて手を振り払った。
その結果、自分を追い詰め河に身を投げた。
「疲れている顔をしていては、洪軌君も心配するのだ」
いいのかな・・・
少し自分に素直になっても
ほんの少し肩の荷物を下ろしても。
「いいのかな・・・いい姉ちゃんでいなくても・・大人にならなくても・・・」
「大丈夫なのだ」
涙が落ちる。
「少し、力を抜いても大丈夫なのだ」
笑顔を見ると安心する。
姿形はまるで違うけど、父と母を思い出す。
昔、弟が生まれるずっと前。こんな風に頭を撫でてくれた。
暖かい微笑みで迎えてくれた。
「どうしたの」「何かあったのか」っと。
「・・・・・・・・っ・・・・・っく・・・・・・・・・・・・」
本当は疲れてたんだ。
1人生き残されたようで、まだ物心さえついていなかった弟を残して。
「お姉ちゃんだから」「この子を守ってね」
言わずともどこからか、こんな声が聞こえてくるようで。
まだ15歳の子供ともいえる年の肩にすべてを乗せるには重すぎて、いつかすべてに負けて潰れてしまいそうだった。
でも周りの大人には頼りたくなくて、必死に自分の中にしまいこんだ。
いつのまにか肩を抱いていてくれて、とても暖かかった。
ポンポンと優しく背を叩いてくれる。
涙を誘うおまじないのように涙がとめどなく流れた。
「本当に、芳准おじちゃん行っちゃうのー」
頬を膨らませるのは洪軌。
最初おじちゃんと言われたときは少なからずショックを受けた芳准だが、
26歳の自分と5歳の洪軌の年齢差を思い起こし、これくらいの子供が自分にいてもおかしくないのかと納得した。
「こら、洪軌。芳准さんを困らせちゃだめでしょ!」
洪軌としてもが今まで大人たちを避けてきたこともあり大人と触れ合うのは楽しかったのだろう。
「今度来たとき一緒に遊ぶのだ。オイラこう見えていろんな遊びを知っているのだ!」
「ほんとうっ!!絶対来てよ、楽しみにしてるからねっ!!」
「ただし!」
「・・・・何っ・・・」
「そのときまでにちゃーんと傷を治しておくのだ。約束できるのだ?」
「うん。治すよ!」
「約束なのだ」
「男同士の約束!」
そううれしそうに言う洪軌には苦笑する。
自分が事情を知る村の人を避けてきたということは、必然的に洪軌の周りには自分しかいない。
信頼できる大人というのもあるが、男同士という付き合いもうれしいのだろう。
あの後、泣きつかれて眠ったようでいつの間にか芳准の膝で眠っていた。
先に起きていた洪軌に安堵しながら慌てて飛び起きた。
えっと、これは!!とアタフタこの状況を説明しようとする。一応芳准は男で、母親代わりとは言ってもは年頃の女の子。
「姉ちゃん、顔まっかだぁ」
あははと笑う洪軌の頭にの拳が落ちる。
「いったぁ〜・・・・・何するんだよ、姉ちゃんっ!!」
涙目で訴える洪軌には年頃の女心は当然ながら理解出来ていない。
「子供はそんなこと言わないのッ!」
「それくらいにしておくのだ、ちゃん。雨も上がったし、村へ行って洪軌君を医者に見せるのだ」
芳准の常備していた簡単な食事をして山を降りた。
洪軌の傷は出血量の割にはそれほど深いものではなく、若い子供の力でそれほどかからず治るだろうということだった。
ただ小さな子供で出血量が多かったので念のためにと3日間入院した。
心配したは一緒に付き添い、洪軌に旅での出来事などいろんな話を聞かせていた芳准は洪軌が離さず一緒にいることになった。
「ありがとう、芳准さん。いろいろと・・・」
胸のうちを誰かの前で明かしたのは初めてで今思うと恥ずかしい。
でも幼いころからを知っている医者に、久しぶりにの柔らかい笑顔を見たといわれた。
「オイラは何もしていないのだ。これからいろんなことがあると思うけど、みんなで頑張るのだ」
みんなで、といわれ少し考えてうなずく。
「またこの村に寄ってね。洪軌も懐いているし」
「やることが終わったら、また寄らしてもらうのだ」
「絶対だからね、約束だからね!」
「洪軌君も約束なのだ!」
「うん!」
去年の井宿BDにUPしてたものをほんの少しだけ修正して引っ張り出してきました。
あ、どこがBD小説だという突っ込みは受けません!
頑張っている子には「頑張ってね」よりも「大丈夫だよ」って言ってあげるといいんですよね〜
2008.09.25