それは救済所に行くまでの道筋で嫌というほど理解した。
ここは生存者も死者も流れ着いたんだろう。
痛いと泣き叫ぶ子供。大切なものを失い叫ぶ者。自身も傷を負い、それでも我が子を無我夢中で探す親。
1人や2人という人数ではなく、ここ一帯で見られる。
倒壊を免れた数少ない建物では収まりきらない怪我人や死者が地べたで横たわっている。
当然医者も足りなければ薬も足りない。
救援を求めようにも昇龍江一帯は人が来られる状態ではなく、この日数ならば都への連絡すらまだ届いていないだろう。ましてこの現状ならそんな余裕すらないだろう。
ぼんやりとそんなことを思う。
今は自分自身もそうであるのに、傷ついた人たちの顔を直視することはできず、だがそれでも家族や許婚、飛皋には会いたくて、夢だと思いたいが今逃げたら二度と会えないような気がして。
・・・着ている衣類を見て回った。
だが衣類であろうと直視したくないのは同じで流すように見る。
あ・・・。と不意に足が止まった。
薄い桃色の・・・
「ねぇ見て!かわいいでしょう!」
紅南国の守護神である朱雀を刺繍を入れた・・・
「もう、わかんないの!新しい服よ!服の違いくらい気づかないと香蘭姉さまに嫌われちゃうわよ!」
「な、なんで香蘭がでてくるんだよっ」
「あはは〜顔あかーい」
妹のために母の仕立てた服。
泥まみれでところどころ無残に破けてはいるが、見間違うはずない。
妹のお気に入りの服で、父も母も俺も呆れるくらいよく着ていたんだから。
うるさいくらいに高鳴る鼓動。
違う。絶対に・・・
けれど現実は否定してくれなくて、見慣れた、けれど見たことのない妹の顔。
そして妹を守るかのように固く結んだ手は、優しかった母だった。
「なん・・・」
どうして・・・
こんなことに・・・
昨日までは元気で、
父も、母も、妹も、彼女も。飛皋も・・・
いつも笑顔で。
たとえ俺が彼女と一緒になっても、時が経って親になったとしても、ずっとずっとそんな日々が続くと思っていた。
運命の分かれ道はどこにあったのか。
ただただ、みんな幸せで笑顔でいれると信じて、そう願っていただけなのに。
目の前の状況は一体なんなのだろう。
まるで幼い頃見た夢のようだ。
そのときはただ怖くて怖くて、泣きじゃくって眠っていた父と母を起したものだ。
そのときはどうしただろう。
そうだ、母は「大丈夫だ」と優しく抱いて頭を優しく撫でてくれた。
父は、どうしただろう・・・
父は、そう。父は・・・
そう思ったときには駆け出していた。
いつも教えてくれた。
「冷静になれ。泣くな。涙を拭いて前を見ろ。落ち着いて考えれば真実が見える」と。
父ならどれが真実か教えてくれるかもしれない。
この年になって父を頼るなど情けないことこの上ないが、自分1人ではどうしようもないから。
これが現実なのだろうか・・・
流木に挟まれた男がいると聞き駆けつけた。
それが父だった。
全身血まみれで、息も絶え絶えで。けれど、生きていた。
「ほぅ、じゅ・・・」
「父さ・・・」
よかった。
生きていた・・・
「今すぐ!」
挟まっている流木を外そうと手をかけるがやんわりと制止の声が聞こえた。
「私はいい」
「何故!」
「これは、人間の手で外せるものではなぃ。たとえ・・・外した、としてもこの流れで、引き上げることは無理っ・・・このまま、流される、だけだ・・・」
まだお世辞にも穏やかとはいえないこの河に人が入ろうものなら一気に流されてしまうだろう。
「それに」
そういって父が見せたのは腕ほどの流木が腹を突き抜けているという現実だった。
「そんっな・・・」
何も出来ずに、何も言えずに時が流れる。
「母さんと、瀞凛は・・・」
顔をこわばらせてゆっくりと首を振る芳准にそうかと小さく言い僅かに微笑む。
「芳准・・・」
心も体も傷ついている息子に言いたくはないが、今しかないから。
「私の命も、長くは、持たない・・・けれどお前は、お前は生きろ」
「なにっを・・・言って・・・」
体に巻き付くように固めている流木を外そうと手をかける息子に最期の父の威厳を見せる。
「聞け!」
思わぬ声に驚き芳准の手がビクリと一瞬止まる。
「もし、流木をはずせたとしても、一緒に、流されるだけだ・・・わかる、だろう・・・」
それでも諦めきれない息子に、いつも言い聞かせてきたことを言う。
「冷静に、な、れ・・・おちつけ・・・自分が、成すべきことを、考えろ・・・」
真面目で、人のことを気遣うことの出来る心優しい息子。
穏やかな反面、いや穏やかだからこそ一度頭に血が上ると自分を見失ってしまうことがある。
それでは、いけないんだ。
「お前には、やるべきことが、あるだろぅ・・・香蘭をみつけて、やれ・・・」
出来ることなら、二人の子を、見てみたかった・・・
「父さっ・・・」
涙がこぼれ落ちる。
これが今生の別れ。
まだまだ半人前。
「私が、教えた・・・ことを、わす、れるな・・・ぃつか、き、と・・・やくっに、たつ・・・」
だがいつしか自分を誇れるように、そんな人間になると信じている。
信じている。
「わたしは、ぉまえの、しあ、わせを・・・ぃのってい、る・・・」
そう言うと僅かに微笑んで、静かに息を引き取った。
「・・・父さん?」
声をかけても、体を揺すっても、返事は二度と帰ってこない。
いつかは来る離別れ。
けれど、こんなにも突然で。
尊敬してたから。
父としても。
官吏を目指す俺の目標だったから。
声にならない涙が止めどなく流れる。
父も母も、妹も。
大切な物がまるで水を握ったようにするりとこぼれ落ちてしまった。
どれくらいこうしていたか。声もかすれ涙も枯れてきた頃、ふと自分の体の異変を感じた。
暖かい。
暖かい何かが自分の内から外へ出ていっているようだ。
目を開けるとぼんやりと紅い何かがが自分を包んでいた。
「なん・・・」
声が続かなかったのは破れたズボンから朱が見えたから。
汚れでも傷でもなくはっきりとそう見えた。
「井」と。
いつか父が話してくれた四神の伝説・・・
俺が、朱雀七星士。
だから生きてるんだ・・・
書きながら「私何書いてんだだ@△@」と、しかも更新日考えろよと突っ込みどころ満載ですが偏った愛はたっぷりです☆
2010.05.21