もしも、万が一。そんな思いにすがりながら。
「生きていて、くれ・・・」
どんな形でもいいから、無事な姿を確認したら、それでいいから。
彼女とまた3人になんて望まないから。
なんでもいいから、生きていてくれ。
何もいらないから。
ただ1つだけ。
それ以外何もいらないから。
それまで無我夢中で、周りなど見向きもせず前へと進んでいた青年は思わず足を止めた。
そこは1つの集落らしい。
らしいというのは、集落だというのに人どころか建物1つ見当たらないのだ。
それでも集落だと思うのは何かで削り取られたような跡とそのずっと奥にある瓦礫の山。
そういえば、と思う。
ここは昇龍江の蛇行部分なのだ。だから牙となって襲いくる水は川筋を伝うことなく牙のままこの場所を襲ったのだろう。
改めて水の恐ろしさを知る。
決して大きな村ではなかったが、それでも跡形も残らずバラバラになってしまうなんて。
瞬間、襲ってくる不安にそんなことはない、そう思い込むように首を振る。
もし人がこの中にいたら、なんて考えてはいけない。
そんな中、自分はやってはいけないことを、決して許されないことをやってしまったのだから。
それも、大切な人に。
そんな思いを振り切るようにぐっと手に力を入れる。
一歩、一歩づつゆっくりと進み、感情とは裏腹に頭は現状を受け入れようと冷静に動く。
どれくらい歩いたか、しばらく行くとやっと建物のような物陰が見えてきた。
形は随分と変わってしまっているが面影の残る建物に心のどこかで安堵した。そんな自分がおかしいと思った。
建物なんて、いつも見ていたのに。
建物がなんてあるのが当然なのに。
何が違うんだろう。
たった一度河が氾濫しただけなのに。
河はこれだけ街の姿を変えてしまったというのに、今はまるで何もなかったかのように静かだ。
ふと、まるで俺のようだ。と思う。
感情に任せて飛皋を呼び出し真実を確かめようとした。
けれど今は何も感じない。
まるで頭の中にもやがかかったかのように、何も考えれない。
これは現実。それとも夢なのだろうか?
今俺は何をしているんだろう・・・
ガサリと始めて自然以外の音が聞こえた。
振り返ると少女を抱えた男の姿。
「お前もこのあたりに住んでるやつか?・・・」
周りを見る。このあたりというのは洪水のあった場所のことだろう。
言葉の代わりにうなづく。
「家族、探してるのか?」
ゾクリとした。
『捜索はしたのですが・・・生存者どころか死者も見つかりませんでした。あなたが、見つかったことが奇跡的です』
寺院で聞いた言葉が頭の中で繰り返される。
父は、母は、妹。そして彼女は・・・
『生存者どころか死者も見つかりませんでした』
父や母たちがあの日、故郷の街を出るということは聞いていない。
ということは、
更なる絶望が青年を襲った。
いや、単にどこかに避難しているだけかもしれない。
でも・・・
「こいつはこの村の娘なんだけどな」
男の着ていたものを掛けたのだろう。そこから見える顔はまだ10にも満たない幼い顔。
「荘園で助けられた母親に探してくれって頼まれてな」
悲しい笑みを浮かべて少女の髪を優しく撫でる。
「今からこいつを母親のところに連れて行く。お前も来るか?」
静かだった。
男の背を追いながらゆっくりと村を眺める。
知った景色とは変わり果ててしまったが、それでも記憶の中のものと同じものが1つ2つと目に入る。
現実を受け入れたというよりも今ある現状を知ったという感じだ。
自分の頭が少しずつ冷めていくのが分かる。
みんなはどうしているだろう・・・
あの街には俺や飛皋以外にもいたんだ。
洪水に気づいてどこかに避難していたのだろうか。
いや、そんなはずはない。と冷静に考えれる自分がいたことに驚く。
それが意味することが分からないはずないのに。
冷たい風が頬を撫でる。
「俺はこいつを、母親の元に返してくる・・・」
男が指した先に小さな建物、けれど遠目からでも人がたくさんいるのが分かる。
「この先に救済所がある・・・だがこの先は、覚悟したほうがいい」
「覚悟?」
思わず息を飲む。
「あの洪水での生存者も、死者もこの村に流れ着いたんだ。ある意味死者を見るより生存者を見るほうが辛い・・・それでもお前の家族、無事だといいな。」
小さく微笑みんで男は背を向けた。