離別れ2    
 高台に立地していたため河の決壊からは難を逃れたものの寺院の中は大忙しだった。

 少しでも救助の手助けと僧たちを下流の街や村へ派遣した。

 下流、というのはこの河近辺そして上流部分は大方流されてしまい建物の形すら残っていないのだ。

 もし生存者がいたとしても、この寺院のように高台で難を逃れたか、下流へと流されているのだろう。

 それでも上流部分での生存者の捜索は寺院の僧たちを総動員したのだが2日たっても見つけることが出来ず、捜索を打ち切ろうとしたときだった。

 朱い光に包まれた男を見つけたのだった。

 僧たちは朱い光という謎の現象に恐る恐る近寄り手を触れようとした瞬間、まるで誰かが来るのを待っていたかのように朱い光が弾けるように消えた。

 朱い光の中にいた男に「大丈夫か」と声をかけようとするがぐったりとうずくまっているのを確認するや否やすぐに手を差し伸べた。








 うっすらと汗を浮かべ荒い息づかいの青年を見る。

 額に置いた手ぬぐいをとり額に手を当てる。

 随分マシになったがまだ少し暖かい。

 3日前、一度目を覚まして倒れてそのままだ。相当衰弱していたのだろう。

 それもそのはずだろう、ずっと身を守るため赤い光、結界を張っていたのだとしたら当然のことだ。

 ましてはこの傷。

 そんな中あの洪水でよく生きていたものだと思う。

 先輩僧から聞く被害状況は目を瞑りたくなるようなものばかりで、この近辺は壊滅状況で下流の村では大量の水に押しつぶされた家屋やなぎ倒された流木などで傷を負った

人たちでごった返し状況らしい。

 それならばなおのこと多少とはいえ医術の心得のある自分が行けば助けになるかもしれない、と思ったが僧正様はよしとは言わなかった。

 この寺院ももう少しすれば簡易病院になるかもしれないというくらいけが人がいるというのに、そう思うがそれを口にできないのは青年の叫びを見てしまったから。

 ほんの少しずれていたらこの寺院も自分たちの命すらもどうなったか分からないこの洪水だがわが身に直接起こったわけではない。

 そして現場を知らないのだから想像するしかできない。

 きっと、この青年の嘆きは洪水だけではない。

 なぜかそう感じた。

 だからこの青年を1人にしてはいけない。

 自分は現状を知っているにもかかわらずはっきりいってこの惨劇を信じ切れていない自分に対しこの青年は目覚めてすぐに現実を理解したのだ。

 きっとこの青年は目が覚めても悪夢は続くのだろう。

 それにこの左目の傷は相当深い。本当はちゃんとした医者に見てもらうのが一番だ。

 これは幼い頃よく面倒を見てもらった医者のおじさんから興味本位に教わった自分の手に負えるものではない。

 左目はもう二度と光を宿すことはないだろう。そしてこのままほっておいたら生死に関わる恐れもある。

 なんとか、立ち直ってほしい。

 大勢の死者を出したこの洪水で助かった命なのだから。

 そう思ったとき、ゆっくりと青年の目が開いた。

「大丈夫ですか?」

 焦点があっていないのか、ぼんやりと周りをゆっくりと見渡す青年に声をかけた。

「・・・こ、ここは・・・?」

「燗滝寺という昇龍江の南東に位置する寺です。覚えておいでですか?」

 昇龍江、と言った瞬間青年が影を落とした。

 言わなければよかっただろうか。

 いずれ言わなければいけないことであったとしても、今は彼の傷を癒すことに専念させるべきだったのだろうか。

 現実を受け入れるにはまだ、と考えてやめた。

 彼は恐らく理解している。自分に何が起こったかを、誰よりも。

 けれど、かけるべき言葉が見つからず気まずい沈黙が流れる。

「・・・・・・は・・?・」

「はい?」

 搾り出したような、小さな言葉。

 言いにくそうに何度か目を泳がせてやがて意を決したように真正面に向きなおした。

「あの・・・俺以外は、誰か、同じように、ここには・・・・・・か・・・」

 来るだろうとは予感していた、答えたくない質問。

「いえ。捜索はしたのですが・・・生存者どころか死者も見つかりませんでした。あなたが、見つかったことが奇跡的です」

 瞬間青年の顔が絶望に変わる。

 俯きわずかに震える肩。

 声をかけようと口を開くが何も言えず口を閉じる。

 僅かな、くもの糸を掴むような話だがこの青年に言うべきことはある。けれど、できなかった。

「・・・そう、ですか・・・」

 小さく呟いた言葉は諦めか・・・いや、諦めきれるものではないはず。

 握り締めた拳は震えていて、この青年だけでなくこの洪水で一体どれだけの人が青年と同じ運命を辿っているのだろう。

 手がじっとりと汗ばむ。

「けれど、下流の荘園付近では上流から流された生存者も何人かいるそうです」

 本当にくもの糸を掴むような話。

 何人かは、生存者がいたと聞いた。しかしどの生存者も大きな傷を負っていて明日をも分からない状態だという。

 過度に期待させるべきではないかもしれない。

 それは青年も分かっているのか、生存者がいると聞いてもなお血の気を失った顔は変わらない。

「・・・・・・・・っ・・・・こぅ・・・」

 涙こそ出ていないが小さく嗚咽のような声にいたたまれずに思わず席を立つ。

 1人にさせておくべきではないが、どう声をかけたらよいのか分からない。

「白湯でも、お持ちします・・・」

 しばらくこの青年をそっとしておこう。

 そう、その場を離れようと立ち上がったとき青年に手をつかまれた。

 思いのほか強い力で、驚いた。

「生存者の中に、俺と同じ年頃の青年はいませんでしたか」

 まっすぐな、けれどどこか捨てられた子犬のような瞳だった。

「いえ、私は現地へ赴いたことはないので詳しくはっ・・・いけません!まだ安静にしておかなければっ!」

「飛皋が・・・」

 歩き出そうとしている青年を抑える。

「いけません!」

「離して、ください・・・俺は、俺は!アイツを・・・」

「あいつ?」

 思わず疑問に思う。

 前代未聞のこの大洪水、犠牲者はどれほどいるか検討もつかないというのに何故「アイツ」と。

 家族や近い、親しい人たちへのの安否ではなく1人の人間を指したんだろう。

 思わず、手に入る力が緩んだ。












続きます。

とりあえず次で一区切りになると、思います・・・


09.01.16