桶の水をひっくり返したように降り続く雨に対し川の水位がほとんど変わらないこと口々に話始めたのは、降り始めて3日たった日のこと。
「上流の土砂が堤防になっているのかも」
去年の大雨で山から流れ出た土砂が上流で大きな山となっている。もしそこに雨水が溜まっていたのなら、もしその土砂が崩れたのなら、下流に位置するこの街は危ない。
避難するか、しかしここを出てどこに出て行くというのだ。
外は未だ降り止むことを知らない大雨。
昇龍河から少し離れた場所に小さな寺院がある。そこなら比較的土地が高い場所にあるので多少なりともここよりもマシだろう。
しかしその寺院も到底街の人間すべてを賄うことなど出来るはずもない。
老人子供だけでも寺院へ避難させるかと話あったときだった、それが起こったのは。
俺はその時、そんなことを気にする余裕なんてなかった。
離別れ
ゴゴゴと聞いたこともない地響きが鳴ったと思ったら、一瞬の出来事だった。
山腹に聳え立つ寺院から見たのは、濁流に飲まれた大きな河であった。
そしてその河があった場所は、街のある場所と同じだった。
街が水に飲み込まれたのだと思いいたるまでには少し時間がかかった。
誰がこんなことになると思うのだろうか。
すぐに近くにいた僧侶に危なくないよう様子を見てくるようにと指示を出した。
母に抱かれたかのようにここは暖かく心地いい。
ここはどこなんだろう。
何も見えない。
このまま身を任せて目を閉じていてもいいのだろうか。
ずっと、このまま。
音が聞こえる。
何の音だろう。
何か、大切なものを掴んでいた気がする。
きっとそれは、かけがえのないもの。
大切で、大切で逃してはいけなかったのに、けれどそれはすっと手の中から消えていった。
−−−飛皋!
夢か現か。
ハッと目を開け、手を掴もうと伸ばした手は空を掴んだ。
「・・・・・・っ!」
呆然と握った拳を見ていると突然左目に激痛が走った。
熱い・・・燃えるように熱い。
思わず左目を抑えようと手をあてた。
そして、知った。
−−−包帯。
夢か現か。
「・・・あっ・・・」
足元が崩れた飛皋。
掴もうと伸ばした手。
流木。
そして・・・
「・・・飛皋・・・?」
まさか。
高鳴る胸。
抑えることの出来ない鼓動。
まさかまさかまさかまさか・・・
そんなはずはない。
あれはただの夢。
違う。
そんなこと、あるわけない。
でも。
これは、
この、包帯。
我慢したら大丈夫というレベルではないこの左目は。
どんなに、心が否定しようとも現実を訴えていて。
「飛皋・・・」
けれど現実だと認めたくなくて、認めるわけにはいかなくて。
傷の痛みも忘れ自然と体が動いた。
「飛皋・・・」
地を手で支えて腰を上げ立ち上がる。
ここはどこだか分からないが一目散に外へと通じるだろう扉を探す。
焦る心とは裏腹に体は思うように進んでくれない。
信じたい。
ウソだと誰か、言ってくれ!
これは夢で、目を覚ませば暖かい家族の顔。
そして愛しい許婚に、ずっと小さいころから一緒にいた大切な親友。
大切な人たち。
早く目を覚ましたい。
誰でもいいから俺にウソだと言ってくれ!
これは夢なんだろう!
「・・・・・・ッ!」
しかし現実は残酷で、呆然と見下ろす芳准の視線の先には今まで見たこともない荒れ狂った河だった。
ペタンと足の力が抜けその場に座り込んでしまう。
ゴーゴーと大きな音を立てて下流へ流れる水は、認めたくない記憶を思い出す。
「何故俺を裏切った、飛皋!」
「・・・ッ!・・・芳じゅっ・・・」
足元を崩したのは、雨なのかそれとも俺たち自身なのかは分からない。
けれど、その瞬間すべてが崩れたんだ。
「ぅぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺が
飛皋を
殺したんだ・・・
2008.12.09