これは今から少し前の、まだ彼らが真っ白で無垢な心を持った、小さな少年だったお話。
「いっちばーん!」
「ずるいよ飛皋!突然走り出して勝負なんて!」
やや遅れて到着した芳准が頬を膨らますがそんなことどこふく風、ケラケラと笑い飛ばす。
「怒るなって」
「怒ってないよ・・・ねぇ、それよりもこれしようよ!」
そういって差し出すように飛皋に見せたのは50cmほどの棒状に巻かれた布が2つ。
「なんだそれ?」
布に巻かれ紐を解くと何本かの細い棒が出てくる。それは組み立て式になっていたらしく細い棒を太い棒の上へと繋げていくと大人の背丈ほどの長い棒が2本出来た。
一緒に入ってあった糸を棒の先にくくりつけると、
「これって釣り竿だよね?」
それはまさに新しいおもちゃを手に入れた子供。きらきらと目を輝かせた芳准に一瞬たじろぐ。
「うちの納屋から出てきたんだ!一緒に釣りをしようよ!」
にっこりと笑う芳准に飛皋は思わず頷いた。
「あ〜!飛皋ダメだって!」
しかしが釣りをしていたのは最初だけで、あることに気づいて飛皋はそうそうに飽きてしまった。
「魚逃げちゃうよ!」
「そんな竿で釣れるわけないだろう!」
そう、釣り竿と言ってもそれは見た目だけで、重りがついた糸が川に沈んでいるだけで、餌どころか針すらないのだ。
「釣れなくてもいいの。こうやって座って魚を待っているだけでも楽しいでしょ!」
風が気持ちいいし、魚が光に反射して綺麗等々と語り続ける芳准に飛皋は呆れ顔でため息。
「・・・付き合ってられねぇよ」
どうも芳准の考え方には理解できないところがある。飛皋と知り合うまでは小さい頃から女の子と遊ぶ機会が多かっただけ、とはとても思えない。
変なやつだよな。とは思うものの不思議なことに一緒にいるのが嫌だと思ったことはない。
「見てみて飛皋!釣れたよ」
ウソだろう!と振り返ると本当に魚が釣り竿の先に食いついていた。
「重りをね、赤い石に変えたんだ。きっと餌と間違えたんだね」
「・・・どんだけ間抜け魚なんだよ」
「ごめんね、餌じゃなくて」
優しく魚を外すと川に返した。
「あ!ちょ、バカ!なんで返すんだよ!そういうのは持って帰るんだよ!!」
きょとんと目を丸くする芳准に驚く。
「・・・食べるの?」
「は?そんなの」
当たり前だろ、こいつ何言ってんだ?
「おれに捕まったから・・・そうか、そうだよね。おれたちが食べる肉や魚だって誰かが捕まえたから食べられるんだよね」
魚を逃がした水面に向かって自分を納得させるようにつぶやく。
魚や肉だけでなく野菜だって小さな種から一生懸命大きくなったものだ。自分たちはそれを食べて生きている。
魚だって小さな魚や水中の生き物を食べて生きている。
それが食物連鎖。生きるためには仕方のないこととはいえまだ幼い芳准には割り切れない。
けれど自分も一生懸命生きた魚や野菜を食べて生きているのだから、貰った命の分だけ感謝して頑張って生きるんだ。
「相手に感謝を伝えるには言葉も大切だが一番大切なことはどれだけ生かせるかだ」そう教えてくれたのは父だ。
難しくて、でも理解しようと考えていたら父は優しく「笑いなさい。お前の笑顔は励みになる。今は分からなくても大きくなったら分かるから」と頭を撫でてくれた。
おれが笑えばみんなが笑ってくれる。みんなが笑うからおれも嬉しくてもっと笑顔になる。
そう思えば不安だってなことも不安じゃなくなる。怖くてもへっちゃらになれる。今ここにいることがみんなと一緒にいることが楽しいから。
「ねぇ飛皋。おれに…うわっ!」
振り返った芳准はいつもの芳准で。そう、いつものどこか抜けている芳准すぎて、振り返り際に足を滑らせて川に落ちた。
「ちょっ!芳准大丈夫かよっ!」
浅い川で尻餅をついた程度で済んだのだがは服はびちょびちょだ。
「いたたた…びっくりしたぁ」
「びっくりしたのはこっちだって!普通こんなところで足滑らすか?」
「だって滑ったんだから仕方ないじゃん!」
からかうような飛皋の言い方に一瞬ムッとして言い返す。それがおかしくて2人同時に笑い出した。
「あーあ。びしょびしょだぁ。これじゃあ遊べないね」
「また今度この続きしようぜ!」
「ねぇ今度おれにさっき飛皋がやってた水きり教えて」
「いいけどよ、結構コツがいるんだぜ?お前にできるようになるかなぁ?」
「練習すれば出来るって!」
***
「香蘭が風邪引いているってほんと?」
「・・・ほ、ほんとらしいぜ」
「いつからなの?熱あるの?高いの?大丈夫なの?」
案の定。矢継ぎ早に返ってきた言葉に小さくため息をした。
「大丈夫だって」
そう飛皋は言うが心配性な芳准に飛皋はいつも「大丈夫」と言う。
その言葉に安心するときもあるが、根拠のないその言葉は逆に不安にさせることのほうが多い。
ハの字に歪んだ眉は心配だと言葉にしなくても雄弁に芳准の心を語る。
「そんなに心配なら様子見に行こうぜ!おばさんの話だと大分よくなったってよ!」
「本当!!よかったぁ〜」
それでも大丈夫だと聞いて胸をなで下ろす。
だがそれと同時にあることを思い出し恐怖にも似た不安が芳准を襲った。
「ねぇ、いつから香蘭調子悪いの?」
一瞬飛皋が目をそらした。
暢気なところのある芳准だがその一瞬の仕草を見逃さなかった。
「まさか、香蘭がおれの家に来た後すぐ?」
5日前川に落ちた芳准は次の日熱を出した。幸いそれほど高いものではなく次の日には熱も下がったのだが、芳准が熱を出したと聞いた飛皋と香蘭はお見舞いに来てくれたのだ。
芳准の具合と他愛もない会話を少ししただけなのだが、
「おれの熱がうつったの?」
「そんなわけないって。だいたいすぐに帰っただろ」
確かに2人が来てくれたことはすごく嬉しくていつまでも一緒にいたいと思った。
だが2人に風邪をうつすわけにはいかない。大丈夫だと笑う飛皋を押しのけて帰るように何度も何度も帰るように言ったのだ。
「お前と香蘭が風邪を引いたってことは風邪が流行ってんだろ?」
な!と不安そうな芳准を宥めるように言うが少しも効果はないようだ。むしろ、
「おれ、香蘭にどう謝ったらいいんだろう・・・」
ガシガシと荒々しく頭をかく。
なんだってこんなに芳准は面倒なんだろう、と飛皋は思う。
暖かくなったとはいえ水温はかなり低い。そんな川に落ちたのだから風邪を引いてもおかしくない。
香蘭が風邪を引いたのだってどこかに風邪の菌がいたからで、それが川に落ちた芳准からうつったかどうかは分からないのだ。
大体例え芳准から風邪の菌がうつったとしても風邪を引くと言うことは元々体調がよくなかったからなのだ。そうでなければ一緒にいた自分が風邪を引かないのはおかしい。
そう思うもののこうと決めたら絶対に譲らない、頑固な芳准には通じないだろう。
「お前からうつったって保証はどこにもないだろ!ほら行くぞ!」
そう言いバンっと強めに背中をたたいた。
「・・・・・・・・・う、うん・・・」
「香蘭ごめん!」
開口一番がこれだった。
飛皋は何度も否定したが香蘭の家までの間ずっと頭の中から離れなかった。
「もし、あの日川に行かなければ」「もし川で釣りをしなければ」「おれが魚を釣ったから」そんな言葉が頭の中をぐるぐると回り芳准の中で香蘭の風邪=芳准がうつしたという系図が成り立ってしまっていた。
自分が気をつけていれば風邪なんて引かなかったかもしれない。
風邪さえ引かなければ香蘭が自分を心配して家に来ることなんかなかった。
大切な、大切な人に風邪をうつして、しかも香蘭のほうが重傷で。
香蘭にうつすくらいなら自分が風邪を引いていた方がずっとよかった。
「どうしたの?突然」
ぐっと唇を噛む。
そらしたくなる目を正面へと向ける。
「・・・おれが風邪を引かなかったら香蘭は風邪を引くことなんてなかったから」
今にも泣きそうな顔をした芳准の言葉に飛皋は呆れ顔。
「だから!お前のせいじゃないって!」
「でも!」
「どうして?私の風邪と芳准の風邪は関係ないじゃない?」
「だっておれの家に来た日から風邪引いたんでしょ!」
「それは」
やっぱり、と芳准は思う。
なんてずるいんだろう。
人に風邪をうつしておいて自分はとっとと治って。
しかも、しかも、大切な幼なじみの女の子にうつしてたなんて。
涙がこぼれ落ちそうになりやや乱暴に服で拭う。
泣いているわけにはいかない。自分のせいで香蘭はもっと苦しい目にあっていたのだから。
「でもそんなの関係ないわよ」
「違う!おれがっ」
「だってそれにっ!」
とたんに咳き込む。
「大丈夫かよ香蘭」
背中をさする飛皋とは反対に芳准には立ちつくすだけで何もできない。
咳が収まった頃、背中をさする飛皋を優しくせいしてお礼を言う。
辛そうな咳だった。
「おれが、おれが・・・」
また涙が溢れてくる。
「おい芳准!いい加減にしろよ!香蘭も困ってるじゃないか!」
言われて香蘭を見ると飛皋の言うとおり困ったように眉をハの字にしている。
飛皋も香蘭も芳准が思い込んだらきかないのは知っている。だがこのままではいつまでたっても同じ事の繰り返しで何も変わらない。
「でも・・・」
「でもじゃないっ!」
怒鳴り顔で言われ一瞬怯む。
何か言葉を返そうと思うものの、飛皋に口では勝てないし、なにより自分が2人を困らせている自覚はある。
「あら?何をケンカしているの?」
部屋に入ってきたのは香蘭の母親で、飛皋がいきさつを説明すると香蘭の母親は優しく芳准に話した。
「ねぇ知ってる芳准。お隣の陳じいさんも今風邪を引いているのよ?」
「え?」
「今様子を見に行ってきたんだけど、咳が辛そうだったの」
あ。と思った。
「そういえばお前、咳してたっけ?」
「・・・してない」
「な、だから芳准の風邪じゃないっていっただろ!」
そう、なんだ。
思わずその場にへたり込む。
今誰かが風邪を引いているなんて話は聞かない。だから自分のせいで香蘭が風邪を引いたのだと思った。
でも他にも、もしかしたらこの村で風邪が流行り始めているのかも知れない。そう思うと芳准の中でスルスルと何かが溶けていった。
「・・・よかった・・」
よかったよかったと何度も繰り返す。心の底から安心して、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「よかったってお前なぁ、香蘭は風邪引いてんだぞ!何がよかっただよ」
「え!ち、違うっ!香蘭違うから!香蘭が風邪引いてよかったって言ってるんじゃないよ、違うからねっ!」
いつもの飛皋のからかうような言い方にも本気で受け止める。そんな芳准に楽しそうに香蘭は笑う。
「ありがとう、芳准。すごく私のこと心配してくれてたのね」
「うん・・・おれ、本当におれのせいで香蘭が辛い目にあってたらどうしようってずっとずっと」
少し赤い目の芳准はにっこりと笑った。
「ったく、だから香蘭はお前に教えたくなかったんだよなー」
ぎくりと肩を揺らす香蘭に芳准は目を疑う。
「え?まさかおれだけ仲間外れ?」
「だから、なんでそうなるんだよ!お前が異常に心配するの分かってたから言わなかったんだよ!」
「本当?」
「うん。芳准は私が風邪引いたらいつもすごく心配してくれるからだから。でもごめんね」
「おれの方こそごめん。困らせて」
「あ。そうだ母様」
手招きをしてなにやら耳打ちした香蘭はすごくうれしそうで、男2人は首を傾げる。
少しして戻ってきた香蘭の母親の手に子供が片手で簡単に掴めるくらいの小さなは花束があった。
それを香蘭に渡すと、香蘭は芳准を呼んだ。
「今日お誕生日でしょ?おめでとう芳准」
「え?」
「本当は何かちゃんとした贈り物をしたいと思ってたんだけど、出来なくなってごめんね」
小さく言いながら芳准に花束を手渡す。
その花は香蘭の家の庭で咲いていた小さな白い花だ。
「その花、芳准好きでしょう?」
「え?なんで?」
男のくせに花を誉めるなんて、と芳准の小さな男のプライドを守るため誰にも言ったことがなかった。
「だって家に来るたびに見てるんだもの」
「え”」
バレバレだった。カーっと頬が赤くなるのを感じる。
案の定飛皋からは冷たい空気が漂っている。
そんな飛皋に芳准は乾いた笑いをしながら、香蘭に貰った花束をゆっくりと見た。
香蘭の言うとおりこの花は好きだ。
特別に綺麗というわけではないけれど、1本にたくさん咲いた小さな白い花がまるで空を漂う雲のようで見るだけで何故か心が温かくなる。
大好きな香蘭がくれた小さな白い花。
そう思うと自然と顔が緩む。
「ありがとう、香蘭」
「どういたしまして」
にっこりと笑う。
「飛皋もおれのこと心配してくれてありがとう。香蘭のことおれのことを考えてくれたから言わなかったんだよね」
「別に心配なんかしてねぇって。後でぐちぐちいうのが面倒だから言わなかっただけだよ」
そっぽ向く飛皋の頬は僅かに赤い。
「さぁ、そろそろ帰らないと本当に風邪がうつったら大変よ」
微笑ましく子供達を眺めていた香蘭の母親が帰るように促す。
「風邪が治ったらまたみんな一緒に遊ぼうね!」
「早く治せよ、風邪」
「2人とも、今日は本当にありがとう」
一年に一度の誕生日。
「何ニマニマしてんだよ・・・」
いつの間にか花束を抱きしめて一人で笑っていたらしい。
「だって、うれしいんだもん!」
「お前、そんっなにその花が好きなのか!?」
理解できないといった風に飛皋が顔をのぞき込む。
「大好きだよ。でも香蘭と飛皋がおれの友達だってことが一番うれしいんだ!ずっとずっと一緒にいようね!」
「なっ!・・・お前恥ずかしいやつだなぁ!」
近寄ってくるなとばかりに手を振る飛皋に芳准は一歩二歩と歩み寄る。
「ね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・あぁ〜!一緒だよ、ずっと一緒だって!」
そう言うと照れたように笑った後、飛皋ににっこりと笑った。
白というテーマでどうしようか悩んだ結果、とりあえず誕生花でも見てみようと思ったら、
5月21日、「かすみ草」 花言葉「清い心」「切なる喜び」「無邪気」「親切」って。
うおおお!!これは使わない手はないだろうとネタ決定しました。
花言葉にちなんだお話にした、と思いますw読み返したのBDぶりぐらいですから(おい)
2011.10.25